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東京地方裁判所 昭和42年(行ク)54号 決定 1967年11月27日

原告 侯栄邦

被告 東京都公安委員会

主文

申立人の昭和四二年一一月一三日付集団示威運動許可申請に対し、被申立人が同月二七日付でした不許可処分の効力を停止する。

申立費用は被申立人の負担とする。

理由

一  本件申立ての趣旨及び理由は別紙(一)、(二)記載のとおりであり、これに対する被申立人の意見は別紙(三)記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

(一)  本件の疎明によれば、申立人は、台湾青年独立連盟の組織部長として、昭和四二年一一月二七日に来日する中華民国国防部長蒋経国の来日に反対の意思を表明するため、右連盟員約二〇〇名が参加して、同月二八日に日比谷公園から港区元麻布三丁目四番地所在中華民国駐日大使館前を通り有栖川公園まで集団示威運動を行うべく、同月一三日、昭和二五年東京都条例第四四号(集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例)第一条にもとづき、被申立人に対し別紙(四)記載のとおり集団示威運動の許可を申請したところ、被申立人は、昭和四二年一一月二七日、右申請に係る集団示威運動が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすことが明らかに認められる場合にあたるとして、同条例第三条第一項の規定により不許可の処分をしたことが認められる。

右の事実からすると、本件不許可処分により申立人が回復困難な損害を避けるため緊急の必要があることは、表現の自由の一としての集団示威運動の本質にてらし明らかであるというべきである。

(二)  被申立人は、前記台湾青年独立連盟ないしその構成員の危険な性格や蒋経国来日をめぐる不穏な情勢をあげて、本件集団示威運動の際に同人の生命、身体に対し危害が加わえられる具体的な危険すらあり、右示威運動が公共の安寧を保持するうえに直接危険を及ぼすことが明白であると主張する。しかし、疎明によれば、前記台湾青年独立連盟は、中華民国政府を打倒し、台湾人による台湾の独立を目的として組織された台湾青年の団体であり、同国政府の要人である蒋経国の来日に対しては強力な反対運動を展開していることは認められるが、これまで中国代表権問題等に関して何度か実施した集団示威運動の際に団体として特段の違法行為をしたことはなく、ことに同連盟が本件と同様の目的をもつて昭和四二年一一月一八日及び同月二四日に主催した中華民国駐日大使館前等における集団示威運動もいずれも平穏に行われたこと、申立人らが計画している本件集団示威運動は、参加予定人員及び進路が前記のとおりであるほか、その実施にあたつては秩序を保護するため、一一月二四日に行われた前回の集団示威運動の許可に際し、被申立人から付された別紙(五)記載のとおりの条件を遵守して行動し、示威に用いるプラカード等についてもとくに過激な表現は避けようとしていること、一方、被申立人の管理する警視庁においては、来日中の蒋経国の身辺の安全を期し、不法行為を防止するため、大規模かつ万全の警備体制を整えていることなどがそれぞれ認められるのであつて、そのほかに前記連盟の構成員ないし本件示威運動の参加予定者の中に右示威運動の際あるいはその前後に蒋経国に危害を加える計画を有する者がいるとか、本件示威運動にあたり内外からの刺戟、せん動によつて同人に対する加害という事態が発生する危険性があると認めるに足りる具体的資料はなく、その他本件にあらわれた一切の資料をもつてしても、本件許可申請に係る集団示威運動の実施が、前記都条例第三条一項にいう「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」、あるいは行政事件訴訟法第二五条第三項の定める「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」に該当すると認めるべき疎明はない。

(三)  更に、被申立人は、本件の集団示威運動が外国人に認められた政治活動の限界を超えるものであると主張するが、憲法第二一条の保障する表現の自由が外国人についても尊重されるべきことは当然であり、また、その政治活動も、法令の規定又は事柄の性質に反しないかぎり、みだりに制限さるべきものではないから、本件示威運動がわが国政府の招へいした公賓に対する反対や攻撃を目的とする政治運動であるからといつて、それだけの理由で本件集団示威運動が許されないとすることはできない。

(四)  以上の理由により、本件不許可処分の効力の停止を求める本件申立は正当として認容すべきところ、本件都条例が、集団行動について規定の文面上は許可制を採りながらも、不許可としうる場合を厳格に制限して、許可を義務づけることにより、実質において届出制と異なるところがなく、それ故にこそ同条例を合憲と解しうるものであることからすれば、本件不許可処分の効力が停止されることによつて、申立人らは、平穏で秩序ある態様においてその申請のとおりの集団示威運動をなしうるにいたるものと解するのが相当である。よつて、申立費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 緒方節郎 小木曽競 佐藤繁)

別紙 (一)

申立の趣旨

申立人の許可申請にかかる昭和四二年一一月二八日実施の、行進順路を別紙図面のとおりとする集団示威運動について、被申立人が昭和四二年一一月二七日付でした不許可処分の効力を停止する。

申立費用は被申立人の負担とする。

との裁判を求める。

申立の理由

一、行政処分の存在

申立人は台湾青年独立連盟の組織部長として、同連盟盟員を中心として、昭和四二年一一月二八日、同月二七日に来日する中華民国国防部長蒋経国の来日に反対の意思を表示するため、日比谷公園から港区元麻布三丁目四番地所在中華民国駐日大使館前を有栖川公園まで集団示威運動を行うべく、昭和四二年一一月一三日東京都公安条例第一条に基き被申立人に対し、別紙申請書記載のとおり、右集団示威運動の許可を申請にかかる集団示威運動を許可しない旨の不許可処分をなした。

二、本件処分の違法性

(一) 右処分は、東京都公安条例第三条第一項にもとづきなされたものであることは明らかであるが、同項は「公安委員会は前条の規定による申請があつたときは、集会、集団行進又は集団示威運動の実施が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合の他はこれを許可しなければならない。」と規定している。

しかしながらこれらの規定は、憲法が保障し、かつ民主主義社会存立の基盤ともいうべき表現の自由の一環として、マスコミによる表現の手段を持ちえない一般国民のもつ唯一の表現の手段ともいうべき集団行動による表現を規制するものであるから、その解釈・運用にわたつては、いやしくも公安委員会がその権限を濫用し、公共の安寧の保持を口実に、平穏で秩序ある行動まで禁止・抑圧することのないよう戒心すべきはいうまでもないところである。

この点は、昭和二九年一一月二四日最高裁大法廷判決(刑集八巻一一号一八六六頁)、昭和三五年七月二〇日最高裁大法廷判決(刑集一四巻九号一二四三頁)も強調するところである。

(二) 然るに本件不許可処分は、右各条項にいう「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」または「公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合」になされたものとは到底いいえない。

即ち本件集団示威運動は、その目的は前述の通り国府国防部長蒋経国の来日に反対することであるが、参加予定人員もわずか二〇〇人である。主催団体である台湾青年独立連盟は我国内においてはあくまでその法秩序に従い、合法活動をつづけることを活動方針としているものであり、過去一〇回の集団示威運動においても一度も違法行為等はなく、その他の活動においても同様である。

ことに申立人は、本年一一月二四日本件申請と全く同一の理由により、全く同一の進路を申請したところ、被申立人は中華民国大使館前の道路の部分のみを変更する条件で許可した。これに対し申立人は右変更部分の執行停止を東京地裁に申立たところ、同地裁はこれを認容し執行停止の決定し、内閣総理大臣もこれに異議を申立てず、同日の集団示威運動は申請通り行われたが、極めて平穏であり何ら紛争を生ぜず、交通の渋滞などもなかつた。

被申立人が今回右と同一の集団示威運動の申請に対し、これを不許可にしたことは、全く前例をみない措置であり、明らかな権力の濫用である。

三、被申立人は前回と同様、ウイーン条約二二条を採用するのかもしれない。同条約の二二条は、その二項において、「接受国は、侵入又は損壊に対し使節団の公館を保護するため及び公館の安寧の妨害又は公館の威厳の侵害を防止するため適当なすべての措置を執る特別の責務を有する」と規定している。

右規定は、侵入又は損壊に対する使節団の公館の保護、公館の安寧の妨害又は公館の威厳の侵害の防止をうたつてはいるが、その目的は主として物理的な侵害から公館を保護するにあり公館やその所属する国の政府に対してなされる憲法に保障された合法的な手段による秩序正しい表現の自由の行使をまで制限禁止するものとは到底解されないからである。東京都内のいかなるところにおいても申立人の行う集団示威運動を禁止するが如きは、右条項に藉口して申立人らが有する日本憲法二一条の保障を全く剥奪するものに他ならない。

現に、わが国において、外国大公使館に対する集団示威運動を許さないとするいかなる法規も存在しておらないばかりでなく、現実にも屡々大公使館前道路が、同大公使館の所属する国に対する集団示威運動のため使用されてきたのである。

例えば「ヴエトナム戦争反対」の意思表明を目的としてなされたアメリカ大使館前を通る「ヴエトナムに平和を!市民連合」(べ平連)、ベトナム反戦国際統一市民文化団体実行委員会の集団示威運動がそれぞれ本年一〇月六日、一〇月二一日の二度にわたつて申請どおり許可され、慶応大学全塾自治会の右同様の集団示威運動が本年一一月二日申請どおり許可されてきたのである。しかも申立人自身が前述のように、中華民国大使館前を平穏にデモ行進しているのである。

四、それにもかかわらず被申立人が今回突如本件不許可処分をしたのは、二七日に来日する蒋経国氏に対する配慮並びに中華民国(国府)政府への配慮によるものと推察される。

しかし、何人も自国及び外国の政府のあり方について、これを強く批判する権利を有する。それが違法な行動を伴わない限り完全に自由であるべきことは、まさに日本国憲法二一条が「言論表現の自由」を保障している所以なのである。しかも「政治的批判」こそは言論表現の自由の中心であつて、たとえその内容が時の内外の為故者に好しくないもの、或いはそれが嫌忌するものであらうとも、何ら差支えないのみならず、むしろそのようなものこそ、憲法二一条の保障するところなのである。(連邦最高裁ダクラス判事は「修正第一条は政治的見解に対しては可能的に最大限の保護を与えるべきである」としている同判事「基本的人権」四四頁)

申立人が、その政治的信条よりして、蒋経国の来日に反対し、現国府政府を強く批判非難するのは当然のことであり、被申立人はそれが蒋氏に対する礼を失するとか、国府との外交関係上まずいなどということを考慮して、申立人の基本的権利を剥奪すべきではない。むしろわが国において、日本国憲法並びに人権に関する世界宣言(特に一九条、二〇条)が守られることが、わが国の威信を高からしめる所以である。

本年一一月二三日の東京地裁決定のいうように、「都公安条例の保護する法益は地方公共の安寧秩序を維持して住民及び滞在者の生命、身体等の安全を保持することであつて、外国公館の安寧等も右の限度においてのみ保護されるものであつて、右の限度をこえて、都公安条例の保護を受けるものとは解されないのである」外国や外国の要人を平穏な集団示威による批判から隔離するようなことは、まさに右の限度をこえるものである。

そもそも東京都公安条例にいう「許可」は、前述の各最高裁大法廷判決の趣旨からいつても、本来「届出」の性質なのであるから、公安委員会が、集団示威運動の目的やその当否、内外の政治的反響等を考慮して許可不許可を決すべき性質のものではない。そのようなことが許されるなら一行政機関の恣意によつて憲法上基本的権利の行使が制約をうけることとなり、「届出制」とは異質のものとなる。

五、以上本件処分の違法はきわめて明白だといわなければならない。

申立人は、本日右処分の取消を求める訴訟を御庁に提起した。

しかしながら、本件集団行進の実施日は本年一一月二八日であり、このままにして本案訴訟の結論を持つていたのでは、台湾青年独立連盟が所期の集団行動を実施することは不可能となり、後日では回復しがたい損害をこうむることは明らかである。

申立人が本件集団行動の主催者たる台湾青年独立連盟の組織部長として、又自らも右行動に参加するものとして、本執行停止の申立に及ぶ所以である。

尚付言すれば、東京都公安条例によれば、集団行動の許可は実施日の二四時間前になせば足りるものとされ、又、被申立人の処分は現実にも実施予定日の二四時間前ぎりぎりになされているので、この処分に対する司法的救済は執行停止の方法によるほかはこれをうけえない実情にある。

裁判所がこの点に留意され、勇断をもつて本執行停止決定をされるよう強く希望するものである。

別紙 (二)

今回の相手方意見書が強調するのは、団体の構成員に、蒋経国の暗殺計画があるというようなことであり、殆んど全文センセーシヨナルな政治的発言にみちている。

申請人は当然ながら裁判所が、かかる政治的恫喝とも思える主張に迷わされることなく、冷静に憲法と法律に従つても判断されることを希望する。

第一に、少くも申請人が関知する限り暗殺計画などというものは絶対にない。相手方はいわゆる警備情報と称する根拠不明の情報をあげており、その真実性は全く保障されていない。警備係のプロパガンダに等しきものである。もし、真実そのようなことが企画され実行にとりかかりつつあるというのなら殺人予備である。何故逮捕しないのであるか。かかる虚偽の事実をことさら申請人らが企図しているかの如くいうのは、卑劣である。かかる主張は、一一月二四日の集団示威運動に関する執行停止の審理において一言もなかつたところを突然附加するもので、ひたすら裁判所の決定を阻止しようとする邪しまな訴訟戦術と考えられる。

第二に、更に基本的なことは実体不明の暗殺計画を云云することによつて、申請人の行わんとする憲法上の権利の行使と“暗殺”とを無理にこじつけようとしている点である。

どうして、申請人ら婦女子をまじえた二〇〇名の団体が蒋経国来日反対などのプラカードを掲げて東京都内を行進することが、何故暗殺と関係するのであるか。

蒋経国の身辺を警備するのは警視庁の自由であり、場合によつてその責務であろう。しかし衆人環視、白昼堂堂、公道を政治的スローガンを掲げて行進することが、何故に暗殺と関係し、それを容易ならしめるのであるか。かつてフルチヨフ・ソ連首相が訪米したときも、合衆国政府は、同首相の身辺の警備はしたが、ソ連亡命者或いはハンガリー亡命者が同首相を烈しく非難するプラカードをかかげて、公然道路に立並ぶことを禁止抑圧しなかつたことに思いを及ぼすべきである。

日本国憲法の規定する基本的人権の保障は、かかるいいがかりによつて、剥奪されてはならないと信ずる。

別紙 (三)

意見の趣旨

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

意見の理由

第一 本件許可申請に対する処分手続の経過

申立人は、昭和四二年一一月一三日午後〇時三〇分ごろ、警視庁丸の内警察署に出頭し、相手方委員会に対して、申立人が主催して、同月二八日行なう集団示威運動の許可を申請した。

丸の内警察署警備課長は、右申請書を同日午後〇時四〇分ごろ受理し、同日午後四時三〇分ごろ、右申請書を警視庁警備部警備課へ回付した。

相手方委員会は、同月二七日午前九時、委員会堀切善次郎、委員阿部賢一、委員高木寿一が出席して臨時委員会を開催し、右申請を検討した結果、本件許可申請にかかる集団示威運動の実施は、後述のとおり公共の安寧を保持するうえに直接危険を及ぼすと明らかに認められたので、「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(昭和二五年七月三日東京都条例第四四号)」(以下単に東京都公安条例という。=疎乙第三号証)第三条第一項本文に基づき、これを許可しないこととし(疎乙第四号証)、同日午前一一時三四分、警視庁丸の内警察署警備課長をして申立人にこの旨を示達した。

第二 本件不許可処分の理由は以下述べるとおり、適法であるから申立人の本案請求は理由がなく、かつ、本件執行停止の申立てを容認することは公共の福祉に重大な影響がある。

一 外国人の政治活動の限界と東京都公安条例の保護法益

(一) 日本国憲法が国民に対して保障する自由および権利は、その性質上許される限り広く外国人に対しても尊重されるべきものと解せられているが、日本国憲法が国民主権主義を基本原理とする以上、国政は国民が選定したその代表者が国民の信託により行なうものであつて、その方針決定に外国人の参加を許すものではない。また、日本国民の意思により決定した国政の方針についての政治活動を日本国内において外国人が日本国民と同等に憲法上保障されていると解することはできない。却つてある種の政治活動は、外国人なるが故に制約をうける場合があることもまたやむを得ないところと解すべきものである。外国人に公選による公務員の選挙権および被選挙権がないこと、外国人の出入国及び在留について一般国民には課せられない多くの制限があること、選挙に関する外国人の寄附が禁止されていること等も叙上の法理がもたらす当然の帰結である。

憲法第二一条は、言論、出版その他一切の表現の自由を保障しており、この自由は外国人についても尊重されなければならないものであるが、表現の自由にはその内容において政治、経済、学術、宗教、商業等に関するものがあり、その手段において演説、出版、図画、映画、演劇、音楽、集団示威運動等がある。これらの態様のうち、外国人が行なう政治活動を内容とする集団示威運動の中に、本件申請にかかる集団示威運動の如く日本政府が公賓として招へいした蒋経国氏に対する米日反対運動は日本の決定された外交方針に有害であることは明らかなところから、このような政治行動の自由を日本人と同等に保障されたものとして、その自由を日本人と同様に認めること、つまり、日本国憲法を以つて当然に保護されなければならない性質のものであると解することはできないのである。(疎乙第一五号証)

(二) ところで、東京都公安条例の保護法益である地方公共の秩序とは、東京都の区域内における公共の秩序をいうものであつて住民及び滞在者の安全保持がこれにあたることは勿論であるが、国の外交に関することが東京都の区域内において安全かつ平穏に行なわれるということもまさに地方公共の秩序の内容をなすものである。このことは地方自治法第二条が地方公共団体の事務として、公共事務および団体委任事務のほか、その他の行政事務で国の事務に属しないものを処理する旨を定めていることから当然である。

また、このことは公共の秩序の維持をもつぱら都道府県公安委員会の管理する都道府県警察に委ね、国はきわめて特定の事案についてのみ所掌することとしている現行警察制度のもとにおいて国全体の秩序の維持が都道府県警察の責務の遂行の総和によつて形成されていることから言つても首肯し得るところである。

したがつて、東京都の区域内において後述のように外交関係に悪影響を及ぼすことが明らかな集団示威運動の如きはまさに東京都公安条例の保護法益たる公共の秩序に重大な影響があるといわなければならない。

二 主催団体(者)の性格

本件集団示威運動の主催団体たる台湾青年独立連盟(以上連盟という。)は、日本国籍を有しない台湾青年をもつて組織された団体で、その綱領において、現在の中華民国政府に関し、「蒋介石占領政権が台湾に亡命し、台湾に居坐つたことは、台湾人の独立の願望と完全に背反する。一、一〇〇万の台湾人は蒋占領政権の独裁と恐怖政治のもとにおかれ、その植民統治をうけている。」と規定し、「われわれは、台湾人を組織し、国民党の一党専制と秘密警察制度を徹底的に粉砕しなければならない。」と主張して、中華民国政府をてん覆し、台湾に革命政権を打ち樹て台湾の独立を図ろうとする団体で(疎乙第五号証の一、二)、主催者たる申立人は、連盟組織部長として本件許可申請にあたり同申請書(添付図面)に、ことさら在日中華民国大使館を蒋大使館と表示して中華民国政府の存在自体を否定する立場を明らかにしているのである。

そして、この連盟は、昭和三五年二月一日結成された「台湾青年社」なる団体が、昭和三八年五月一一日「台湾青年会」と改称し、さらに同年八月一〇日現在の名称に変更したものであるが、その規約(疎乙第六号証)によると、連盟は、普通盟員および特別秘密盟員とをもつて構成し、「特別秘密盟員の身分の秘密は本連盟の名誉において厳守される。(第八条(一)号)」、「盟員の脱退は、これを認めない。(第一〇条)」と規定する等、きわめて秘密結社的性格の強い政治活動団体であり、この盟員の数について某幹部は、普通盟員約四〇名、特別秘密盟員は普通盟員数の約四倍であると称しているのであるが、この盟員の中には、中華民国政府の蒋介石総統および蒋経国国防部長に対して不穏な「暗殺計画」なるものに関与している者が数名いることが判明しており、ことに前記のように中華民国政府のてん覆を目的とした団体であること、特別秘密盟員の数が多いこと等の本団体の性格からして、右数名の外にもこの計画に同調し実行しようとする盟員は相当数存在するものと推定されるのであつて、きわめて虞犯性の強い団体と言えるのである。

なお、この盟員は、昭和三六年一〇月九日および一〇日に開催された東京華僑総会主催の双十節慶祝前夜祭および同慶祝祭の会場に落書きしたり、ビラを散布したり(疎乙第七号証)、また、昭和三九年六月二二日には中華民国大使館に連盟の動静を通報したことを理由に申立外陳純真を一室に監禁して連盟の現幹部七名が集団で暴行を加えて傷害を負わせたり(疎乙第八号証)、昭和四二年九月二六日には、我が国での滞在期間が切れた二名の盟員が出入国管理令第二四条により退去を命ぜられたことに抗議して東京入国管理事務所前にすわり込んだあげくハンストを行なつたりする(疎乙第九号証)等過激な行動経歴をもつているのである。

そしてこの団体は本年一一月八日および一一月二四日にも同一目的で集団示威運動を行つたが、その際には、

「殺人鬼蒋介石親子」、「大虐殺王蒋介石」、「自由の敵、国府のベリア蒋経国」、「蒋介石親子は人類の敵」等と著しく侮辱的文言を記載したプラカードを掲げ、また「殺人鬼来るな」、「豚野郎」、「馬鹿野郎」等の罵言とシユプレヒコールを繰り返している状況であつた(疎乙第一〇号証の一、二)。

三 蒋経国氏来日をめぐる情勢

(一) 中華民国政府は、昭和二四年一二月台北に首都を移したが、それ以前から台湾には太平洋戦争後に大陸から移住してきた中国人と在来の本島人の間に対立相剋があつて、昭和二二年にいわゆる二、二八事件なる本島人による暴動が発生し、中華民国政府が台北に移つた後においてもそのてん覆を目的とする運動は根強く続けられているのであり、今回来日する蒋経国氏は中華民国政府の元首たる蒋介石氏の唯一の後継者と目されている。

(二) 日本と中華民国政府との関係は昭和二七年に日華平和条約が発効し、じ来相互に外交使節団を交換して友好的な外交関係が続けられ、最近では、同四二年九月佐藤内閣総理大臣が中華民国を訪問して蒋介石総統と会談し、また同年一〇月三〇日に行なわれた元内閣総理大臣故吉田茂氏の国葬に際しては、蒋総統の特使として張羣秘書長が来日する等の親善関係にあるのである。そこで、一一月二七日の蒋経国国防部長の来日について、政府は、同月二四日の閣議において同部長を公賓として接遇することに決定したのである。(疎乙第一一号証)。

このような状況下において、前記台湾青年独立連盟は、同一一月一八日、二四日、二八日の三回にわたつて集団示威運動を計画し、同月一三日相手方に対してその許可を申請して蒋経国氏の来日に反対する具体的行動を起こしたが、これをはじめとして蒋経国氏の来日に反対する団体は、同氏の来日当日たる一一月二七日(本日)東京国際空港でこの目的を達成するため多数の構成員を動員しているのである。

これら諸団体の反対行動の具体的な方法としては、蒋経国氏の身辺に対する器物の投てき、空港侵入、路上のすわり込み、高速道路の通行の妨害または宿舎への侵入等を企図しているとの情報があり、きわめて不穏な情勢下にあるのであるが、このような情勢下において連盟は、さらに後述するような不穏計画を実行しようとしており、その危険性はすこぶる明白なので、相手方委員会の管理する警視庁においては、蒋経国氏の身辺の安全を期し、かつ、日華両国の正常な外交関係に悪影響を及ぼすが如き不法行為を防止するため、東京国際空港、滞日中の宿舎、訪問先、沿道等に多数の警察官を配置し(疎乙第一二号証)、公賓の来日時の警備態勢としてはかつてない大規模な態勢により警戒警護に努めているのである。

四 許可申請にかかる集団示威運動の具体的危険性

本件申請にかかる集団示威運動は、一一月二七日に公賓として来日する中華民国政府国防部長蒋経国氏の来日に反対する目的で計画されたものである。

ところで、右集団示威運動の主催団体は、前記一に述べたように「蒋介石占領政権が台湾に亡命し台湾に居座つたことは、台湾人の独立の願望と完全に背反する。」旨主張しているのであり、右集団示威運動に参加が予定されている盟員の中には、今回の蒋経国氏来日を機会に前記「暗殺計画」を実行しようとする次のような不穏情報があるのである。

(一) 台湾青年独立連盟は、蒋経国国防部長の訪日にあたり、ホテルや公開日程などの場所において、暗殺手段を計画している。すでに彼等は八方手をつくして活発な動きを示しており、宿舎については、盟員Aが同BやCを使い責任をもつて実行することになつている。

(二) 台湾青年独立連盟は、政治テロ方式を主張しており蒋部長を刺殺することによつて台湾独立の志気を盛り上げようとしており、盟員CとDの両名は、日本某方面の者に武器弾薬の供与、ならびに金銭などを要求したことがあり、暗殺工作の配備を整えている。

盟員Eは、暴力を主張しており、実行者の選抜や暗殺工作の配備に着手しているが、同人はもし適当な人選ができない場合、または準備が間に合わない場合には、自分がその下手人となつて計画どおり実行するとの態度を強く示している。

(三) 盟員Fの言によれば「もし蒋部長を暗殺できれば、その政権を直ちに崩壊させることができるが、台湾へ潜入して蒋部長を暗殺することは技術的にも時間にも極めて困難なことであり、現在の蒋部長来日こそ唯一のチヤンスである」とのことであり、同人は暗殺計画を実行するうえで犠牲となる決意である。

これらの言動をなしている右A、B、C、D、E、Fはいずれも同連盟の中心人物であつて、常に連盟の活動の指導にあたつており、その行動も極めて尖鋭的であり、中には、過去において日本刀不法所持、傷害、監禁、建造物損壊罪、密入国等の罪で検挙された経歴を有する者もいる。しかも去る一一月二四日に行なわれた連盟主催の集団示威運動にこれらのうちの二名が参加していることが確認されている。

そして一一月一八日および一一月二四日の集団示威運動は未だ蒋経国氏が来日していない時点におけるものであつて表面的には比較的平穏に行なわれたとみられているが、今回許可申請のあつた集団示威運動は、蒋経国氏の日本滞在中に行なわれる点においてその危険性は前二回の場合とは異なるものといわなければならない。

かかる情勢下において前記のような盟員が中核となつて蒋経国氏の東京滞在中に行なわれる本件集団示威運動が行なわれるならば、その参加者の多少にかかわらず、集団示威運動の本質から群集心理に支配され異常な興奮にかられ内外からの刺激、せん動によつて集団示威運動の実施の過程でそれが激化し、蒋経国氏の生命、身体に危害を及ぼす危険がきわめて強く、しかも、その進路にあたる六本木交さ点においては、ほぼ同一の時間帯に蒋経国氏の一行の自動車列とそう遇する公算が大きく、前記のような直接の危険が一層増大することは、明らかに認められる(疎乙第一三号証)。さらに、集団示威運動によつて刺激され、もりあげられた参加者の蒋経国氏に対する加害機運は、その後も蒋経国氏が滞日する間は終始継続し、何時これが実行に移されるかわからないという結果を招く誘因となるのであつて、かくの如き集団示威運動はきわめて危険な事態をもたらすものと言うべく、公共の安寧秩序を保持するうえに直接危険を及ぼすことは明らかである。

そして、相手方委員会の管理する警視庁が前記のような大規模な警備警護体制を必要とするに至つたのも、それは蒋経国氏の来日に反対する申立人ら反対者らの言動によつて明らかに予見される危険性に起因するのであり、また、この故に相手方委員会は申立人の許可申請に対して、不許可処分を行なつたのであつて、相手方委員会の処分は何んらの違法もなく適法であるから申立人の本案は理由がない。のみならず、右のような本件処分理由からして申立人の本件執行停止申立てを容認することはとりもなおさず公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれを生ずることとなるのである。

第三 結語

申立人の許可申請にかかる集団示威運動は、前記のとおり蒋経国氏の来日に反対する諸団体が東京国際空港に多数の人を集めてその目的を達しようとしている情勢の中で公賓たる蒋経国氏を暗殺せんとする企図を持つている人物を擁し、かつ、これらが中核となつて活動している団体が主催し、計画したものであつて、これを申立人らの申請どおり許可することは、外国の内乱を醸成する行動が組織されることを阻止すべき国家の義務に背反するばかりでなく(昭和二四年国連総会採択国家の権利義務に関する宣言案第四条)(疎乙第一四号証)、万一にも蒋経国氏の身体、名誉に対する侵害が発生したとすれば、それは、国際法上、国内法上の重大問題となるのである。

以上述べたとおり本件不許可処分は、許可申請にかかる集団示威運動が公共の安寧を保持するうえに直接危険を及ぼすと明らかに認められることからやむを得ず行なつた適法なもので、相手方委員会の本件不許可処分が違法視されるいわれはなく、本件不許可処分の正当であることについては疑いを入れる余地はないのである。

別紙 (四)

集団示威運動許可申請書

一、主催者住所氏名所属、電話番号 新宿区富久町三三 台湾青年独立連盟組織部長 候栄邦

二、他府県の場合は連絡責任者住所氏名 電話番号 三五一―二七五七

三、実施月日                 十一月二十八日

1、集合開始時刻              午前十二時〇分

5、集団示威運動出発時刻          午前十二時十分  6、解散時刻 午後一時四〇分

四、行進順路                 別図の通り(日比谷公園―霞ガ関―虎門―溜池―六本木―材木町―桜田町―有栖川公園前解散)

五、集会場所                 日比谷公園西幸門内

六、解散場所

七、主催団体名                台湾青年独立連盟

八、参加予定団体およびその代表者住所氏名   台湾青年独立連盟 辜寛敏 新宿区富久町三三

九、参加予定人員               二〇〇名

一〇、集会、集団行進または集団示威運動の目的 蒋経国来日反対のため

一一、集会、集団行進または集団示威運動の名称 蒋経国来日反対台湾独立デモ行進

一二、現場責任者の住所氏名 新宿区富久町三三 候栄邦

昭和42年11月13日

右候栄邦印

連絡先電話番号三五一―二七五七

東京都公安委員会殿

別紙 (五)

条件

一、交通秩序維持に関する事項

1、行進隊形は四列縦隊とすること。

2、だ行進、うず巻き行進、ことさらなかけ足行進・おそ足行進・停滞すわり込みまたはいわゆるフランスデモ等交通秩序をみだす行為をしないこと。

3、宣伝用自動車以外の車両を行進に参加させないこと。

4、旗・プラカード等の大きさは、一人で自由に持ち歩きできる程度のものとする。

5、旗ざお等を利用して隊伍を組まないこと。

二、危害防止に関する事項

1、鉄棒、こん棒、石その他危険な物件を携帯しないこと。

2、旗ざお、プラカード等のえ(柄)に危険なものを用い、または危険な装置を施さないこと。

三、秩序保持に関する事項

解散地では到着順にすみやかに流れ解散すること。

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